夢とヘミシンク

夢の考察

 ここ何年か実にリアルな夢をよく見ます。突飛な考えかもしれませんが、自分の夢の体験から考えると、夢として見ている世界、体験している世界は、実は別の世界の現実ではないかと思えてなりません。ただ、夢にはどうやら2種類あるようです。一つは自分が想像(空想)して作り上げたもの。いわば妄想のようなものです。子供の頃は寝る前に見たテレビの影響で、テレビの内容と関連がある夢をよく見たりしました。よく、夢は脳が作り上げる仮想現実だという人がいますが、まさにこうした夢がそうだと言えます。そしてもう一つは、別の世界の体験を夢として知覚しているものです。あくまで仮説ですが、このタイプの夢の場合、寝ている間に何らかの形で別の現実世界(パラレルワールド)の誰かと意識が繋がり、その世界の本人の体験を夢として見ているのではないかと考えています。

 こう考えるに至ったのには理由があります。それは同じ設定の世界の夢を何度も見たことと、最近みる夢はあまりにリアルでどう考えても別の現実世界の体験としか思えないからです。

 例えば、同じ設定の世界の例として、ある夢の中の世界をA世界と仮に呼ぶ事にします。A世界の特徴は、とにかく建物が高層で、なかには雲よりも高いビルもあります。この世界には高層ビルならではの特徴として、特殊なエレベーターがあります。自分はそれをジェットコースター式エレベーターと呼んでいます。初めてA世界を訪れたとき、あるデパートに来ていました。そのデパートは2棟の建物が連絡通路で繋がった構造で、上層部分には2棟の間の空間部分に屋外遊園地のようなものがあります。なお、それぞれの棟は遊園地部分よりも更に上に伸びています。遊園地部分は、いわば連絡通路に当たる所にあるのですが、その幅は建物と同じ幅でいわゆる通路の様な形状ではありません。横幅が建物と同じ幅であるためかなり広い敷地となっています。また形状は、平面ではなく2つの棟からは階段状の段差が設けられていて、段差を降りた底の平面部分に遊園地があるといった構造になっています。ここは連絡通路としても使われているためか、人の往来も結構多かったです。デパートに来ているのだから一人では無いはずなのですが、連れについては全く覚えていません。そもそも、夢の中で自分は、現実世界の自分とは違う人物ではないかと考えています。 

 夢の内容に戻りますが、気がついたときには遊園地部分にいて、そこから更に上へと上るため、一つの棟の階段(それも建物の側面に付いている非常階段のようなもの)を上っていきました。

 やがて地上に戻ることになりました。実は遊園地までどうやって上ってきたのか覚えていないのですが、降りるときはエレベーターに乗りました。このエレベーターが強烈な記憶を刻み込む恐怖のエレベーターでした。エレベーターはいつもの縦長のボックスではなく、横長のボックスで、しかも中には椅子があって座って乗るようになっていました。まさにジェットコースターそのものだったのです。このエレベーターは建物の中ではなく、外側の壁面に沿ってビルの周りをスパイラル状に下っていくようになっていました。最初は各階に止まりながらゆっくり動いていたのですが、途中から急にスピードが上がり、しかも角度も急になってまさに急降下していきました。その時は足を踏ん張り、一刻も早く下に着くことを願うと共にこのエレベーターに乗ったことを後悔していました。

 その後、何日後か、もしかしたら何ヶ月後だったかもしれませんが、ある日の夢の中でまたこのエレベーターに乗ったのでした。この日は高層ビルの上の方の階にいました。さあ戻りましょうと、エレベーターに乗った途端、またあのエレベーターに乗ってしまったことに気がつきました。  案の定、しばらくすると急加速が始まり、足を踏ん張ることになったのでした。

 また、この世界では駅のプラットホームや高速道路のインターチェンジがビルの高層部にありました。この世界でも東京駅や名古屋駅があります。特に東京駅には何度も行っていて、東京駅では路線ごとにフラットホームがある階層が異なっていました。下層部分はショッピングモールになっていて、地下の食品街にはお気に入りのパン屋があります。駅をみる限り、この世界では鉄道が空中を走っていることになるのですが、この世界の記憶はいつも駅の構内や駅ビルの中だけなので、それ以外の風景は覚えていません。

 その他にも名古屋市の栄地区にも何度も行っています。その際は、車で行ったり電車で行ったりしています。しかし、地区の名称等は同じでも、建物の構造や位置関係が実際とは結構異なっていました。例えばある時、南山大学の展望室から名古屋市内を見ていたのですが、実際には南山大学には展望室など無く、せいぜい5階建ての研究棟があるだけです。また、夢の中の栄には大きな本屋があり(丸善ではない)、今でもその本屋の内部の様子をありありと覚えていますが、雑誌コーナーを抜けると特殊な専門書コーナーがあり、そこには普通の本屋では見かけることのない様々な専門書が所狭しと並んでいて、良い本屋を見つけたと有頂天になっていました。しかし、実際には栄にそんな本屋はありませんし、そこにあったような専門書コーナーがある本屋も知りません。

 また、ある時に見た夢では、名古屋空港が市街地にあり飛行機が高層ビルすれすれに離着陸していました。飛行機といえば、席が横一列のベンチシートになっていて、機体の中央にはテラスの様な場所が設けられている機体に乗っている夢を見たことがあります。おそらくこの時乗った機体はジャンボジェット機とは大きく異なる形状をしていたはずで、果たして飛行機という概念が正しいのか分かりませんが、目を覚ました際に現実世界の飛行機にイメージを置き換えて(当てはめて)記憶したのだろうと思います。

 またある時は自宅の周囲を歩いている夢を見ました。現実世界の家と地理的にはほぼ同じなのですが近くの風景は微妙に異なっていました。家の近くの風景に関する夢では、微妙に町の構造が異なる何パターンもの世界を訪れています。ある時は駅の構造が現実世界と全く異なっていたり、また、駅前の地下道や駅前広場の様子が現実世界と少しだけ違っていたり、肝心の自分の家がいつの間にか改修工事が行われていました。また、駅周辺だけでなく、更に少し離れた地域へ歩いたり、電車で移動していたこともありますが、やはり地理的な位置関係や建物等は現実世界とは似ているけど異なっていました(地名は同じ場合が多い)。ただ、不思議なことに、こうした世界の夢を見ているときは、ここは自分の町であると認識していて何の違和感もないのに、目が覚めた途端、ここは違う世界だったのだとはっきり認識していることです。

 夢の記憶は実に不思議です。まるで自分の過去の体験と同様にいつまでも覚えている夢もあれば、夢を見ていたときは現実同様リアルだったにも関わらず、目をさました瞬間に忘れてしまう(実際にはこのケースがほとんど)。ただ、夢の記憶を実体験の記憶と同様に覚えていられるようになったのはここ何年かのことであり、ヘミシンクを始めてからの時期はほぼ一致します。だからこそ夢とヘミシンクの体験は同じなのではないのかと考えてしまいます。夢は、寝ている自分自身(こちらの世界の自分=ソウル)を意識出来ないまま意識だけが別の世界の自分とつながっているのに対し、ヘミシンクではこちらの世界の自分を意識したまま、意識の一部だけが別の世界(別次元も含む)や空間を探索する。要するに同時に二つの世界を知覚できている状態がヘミシンクによる探索であり、一つの世界しか知覚出来ない状態が夢なのではないでしょうか。

 夢の場合は、こちらの世界の知覚に意識が切り替わる際(目が覚める時)、いわば強制的に接続が断ち切られてしまうためデータが飛んでしまうかのように体験の記憶が飛んでしまうため、起きた時には別世界の記憶が残っていないのではないかと思います。ただ、時折、何らかの理由で別世界の体験の一部を持ったままこちらに戻ってこられた時(スムーズな移行ができた時)、リアルな夢として覚えているのだと思います。この事は、ヘミシンクを利用して夢で見た世界に行くことが出来れば実証できるはずです。例えば「スターラインズ2」で訪れた「ポータルルーム」なら夢で見た世界にも行けるのではないでしょうか。いつか確かめてみようと思います。夢の記憶は完全ではないものの、はっきりとその一部を覚えているものが多数あります。それらの記憶は、この世界での実体験の記憶と全く変わりません。今でもこれまで見た夢の記憶をたくさん憶えています。過去の実体験の記憶と何ら変わりがありません。むしろ、夢の記憶の方が実体験の記憶より鮮明なものもあります。その理由は、夢で訪れた際の風景等を何となく一人称で見ているというより、3人称の視線で見ている、いわば映画館でスクリーンを見ているような感じに似ているからではないかと推測しています。この辺が夢で見ている又は体験している事が何なのかを探るポイントの一つの様な気がします。

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